私の原点
2005年9月4日。杉並区内3000戸以上が浸水被害を受けるという大水害が起きた日。この日が私の都議会議員としての原点です。
この日の夜、1本の電話がありました。「善福寺川が氾濫しそうだ!」という一報でした。外はたいへんな雷と、1時間112mmという豪雨でしたが、私はすぐに合羽を着て自転車で現地へ向かいました。信号は停電のため、消えたまま。あたりは真っ暗で、途中からは道路が川のように濁流となっていました。いつも自転車で走っている道とは思えない異様な光景でした。この先に住んでいる方々は無事なのだろうか…。心配でたまらなくなりました。
私は途中で自転車をおいて濁流につかりながら進みました。そして最も被害が大きかった半地下のマンションの前に着きました。そこは天井まで水がいっぱいで水没している状況でした。あたりは一瞬にして水が入りこんだそうで、まさに恐怖の現場でした。
その後すぐに近所の小学校を避難場所と決め、避難誘導を開始しました。近隣の皆さまと力をあわせて全ての方が避難できているかどうかを一軒一軒確認してまわりました。
被害にあわれた方々は着のみ着のままで自宅を飛び出してきていますので、ノースリーブや半袖のまま避難された方々が寒さに震えていました。2階に住んでいる方がビニール袋に衣類をたくさん入れて外に投げてくださり、それを着ていただいて避難誘導させていただくような状況でした。
翌日も引き続き被災された方々のお宅を一軒一軒お見舞いにあがらせていただきました。被災された方々の、どこにぶつけてよいかわからない恐怖と怒りと絶望感、これからどうしよう…という思いを全身で受け止めました。これが私の原点となりました。その時「もう絶対にこのような水害を起こしてはならない!」と固く心に決めました。
その後私は4回にわたり都議会の一般質問等でこの水害の問題を取り上げました。その結果、河川激甚災害対策特別緊急事業として約100億円かけて、環七の地下調節池から和田堀第六調節池の約2km区間の善福寺川護岸工事を現在行っており平成22年3月には工事が完了することになりました。
さらに上流域についても調節池をつくり、浸水被害をなくす方向で検討を進めている状況です。2度と水害を起こさないために、全ての河川工事完了まで私は貫きます!議員としての原点となった2005年9月4日を私は生涯忘れません。